くたばれ、ラブリーに

あの子は、悲しくなくても泣いていた。

たくさん水を飲むから。

 

わたしは、

 

失うものも、欲しいものも、なあんにもなかったもんな、
特別な人に特別だと言ってしまえないのが、かなりもどかしくて鬱陶しいけれど、それがもう特別ってことなんだろうな〜。

 

かわいく泣けない、

 

本当にあの子が女の子だったのか、覚えていない。

柔らかくて透き通った肌に蚊が止まって、それを、二人で眺めた、

無性に焼き鳥が食べたかった、悔しいけど、いつだって空腹だけが記憶を呼び起こすのね、

「血ぃ、吸われてるって感じ、する?」

わたしが聞くと、あの子は笑って首を振って、

「血ぃ、有り余るほどあるのはさ、この時間のためかもね」

 

満腹になった蚊を逃した。

「ぼくはたった今、あいつに血を分けたでしょ。だからね、勿論あいつもいつかどこかで死ぬけど、それまで、できるだけ悲しい気持ちをしないでほしいって思う」

 

「ね?」

 

目を奪われた。あの子の耳介に掛かった半透明の枝毛。

ゆっくり、丁寧に裂いて、指先に歪に残った小さなそれを、わたしはそっと、ポケットにしまった。

これで、できるだけ悲しい気持ちをしない生涯を、

 

そんな馬鹿な!

あのとき、幼心が、枝毛を裂いたがために?

 

さて、

本当にあの子が女の子だったのか、覚えていない。

そんなことは、心底どうでもよかった。

 

涙は透明な血液なんだって、

 

「ね?」

 

簡単に頷くことはできなかったのね、

時間は永遠じゃないのに、ましてや側に居られる時間なんて限られているのに、
余りにも無責任な気がして、相槌は打てなかった。
代わりに、

「読んでほしい本があるの」

あの子が嬉しそうに下唇を噛んだから、

わたしだけ、たった一人で安心した。

 

まるい地球の隅っこ、何処にある?
わたしはそこで、腕の中でしか泣けないきみを抱き締めながら息がしたいのね、

 

殴られたって、ファム・ファタールは死なない。