肌にまとわりつくから

忙しない日々の途中で
いとしさを一欠片も失くしてしまわないように
下を向いて歩いた
とかげを二匹、踏まずに済んだのね
これは今日のはなし

きらめくのは知り得ない終わり
例えば明日すべてが消えちゃうとして
遺したわたしは朧げで
自信喪失したきみの今の基盤が
しばらくは不本意な自信になる
計算され尽くした当然の多幸感で
末路、感情を放置しないように

 

そういえば、18になりたてのころ
はじめてプロポーズをされたのね
「きみとなら一生一緒にいたいと思える」

空腹だったわたしには
目の前にした婚約指輪が
きらきらのドーナツに見えて
飛びついてしまいたくなった

いかん、いかん

腹が減っては戦はできぬ
妙に細長い彼の部屋を蟹歩きで移動して
冷蔵庫のなか
賞味期限ぎりぎりのヨーグルトを食べた
台所の隅
アルミホイル、てづくりの灰皿があって
わたしが咽せると
決まって灰が舞ったのね

腹が満たされたわたしは
薄暗い室内に干されたシャツに
ぽつん
てんとう虫を窓から逃した

あのひとは、
仕事をやめて実家に戻った

何度も何度も恋文がとどいた
わたしはそのたびに、
「そろそろ誰かと結婚しても良い頃なのにね」
なんて
他人事のように

 

しあわせに
形を与えないで
誰にも見つかりたくはなかった
かなしみは
目に見える形で
誰かに見つけてほしかった
みらいは怖いから
後ろ向きで進んでいたのね
遅いし、振り向いても眩しくはないよ
でも
怖くたって進まなくちゃいけないのね
だから
ゆっくり、ゆっくり
それでよかった

 

そう、
だからね、
写真も小説も音楽も
あったかくてちいさないのちも
ほんとうに好きなのね
全部わたしのなかで
誰にも見つからずにきらきらと
脈を打つ部分がある

知れることも好き
知性を以て色気と魅力は成されるのね
脳味噌だけでも
ずっと素敵でいたいな

好きなもの
感性
すべて後天的で
血も容姿も関係ない
毅然としてニュートラルで
わたしを肯定も否定もしない

脳味噌に
たくさん詰め込んでしにたい

夏の風が吹きました

いつになるかもわからない
人生二度目のプロポーズのことを
なんとなく想います